様似についてVol−15です。
様似町と金鉱山の繋がりをご存じの方は、少ないのではないでしょうか。
詳しい資料が少ないので、調査開始からUPまで、かなりの時間を要することになり、「様似について」も足踏み状態
でしたが、写真掲載協力などを得て、完成しました。
是非、読んでいただきたい様似町の歴史です。

さかのぼること370年以上前、様似町には金山がありました。
時は1635年、将軍が徳川家光(三代将軍)になり、ようやく江戸(徳川幕府)の体制がしっかりしてきたころ、北の
果て「様似地方」に金山が発見されました。
このころ、幕府は金山の開発に力を入れていたため、運別川(現西様似海辺川)の支流、ポロナイ川の水源近くで、幕
府の直轄として金鉱を掘ることに!
これこそが、東金山金鉱山(ひがしかなやまきんこうざん)です。
   
町は一気にゴールドラッシュで賑わいました。
一説によると、松前方面も含めて、数万人とも言われる人々が
押し寄せたと言います。
この作業にあたった人々の中には、島原の乱(1637年)で戦った
キリシタンたちも多く混じっていました。

東金山金鉱山は、一定の金を排出し、様似地方の砂金ブームは
続きます。
しかし、発見から35年後の1669年、事件が起きました。
後に、シャクシャインの乱と言われる、和人(松前藩)とアイヌ民族の戦いです。
1665年、松前藩はこれまでの交換レートを2倍以上にまで引き上げると、一方的に勧告してきました。
また、和人からアイヌ民族に交易を一方的に強要する「押買」の横行や蝦夷地内陸部に入った鷹待や砂金堀の和人や
松前藩船の大網による鮭の大量捕獲がアイヌ民族の生業基盤を脅かし、和人への不満が大きくなったのです。
これでは、アイヌ民族の生活が成り立ちません。
彼ら(アイヌ民族)は、代表として現在の新ひだか町静内地方の酋長、シャクシャインを中心に決起したのです。

約半月に及ぶ松前藩とシャクシャイン軍の戦いは、現在の長万部町国縫(くんぬい)で繰り広げられましたが、その後
和議を申し込んだ松前藩の計略により、終戦を迎えます。
このとき、砂金と言う重要な資源を戦いから守るため、東金山金鉱の坑口は隠されたと言われています。
その後、アイヌ民族の代表だったシャクシャインは、松前藩との酒宴の席で謀殺されてしまいました。

新ひだか町静内真歌(真歌公園:シャクシャイン象)

東金山金鉱は、再び砂金採掘がなされるはずでしたが、時が過ぎるとともに、鉱山は人々に忘れられていきます。

ところが、シャクシャインの乱から236年目の明治38年(1905)、東金山金鉱を再開発しようという動きがでました。
再開発を思い立ったのは、様似の住人だった糸井弁吉という人物。
糸井弁吉は、函館の山形某から出資援助を受け、金鉱の開発計画を立て、掘削を再開。
彼等は、昔の栄華を夢見て、産金に精を出します。
しかし、思うようにいかず、山形某はこの事業から早々に手を引いてしまいました。
その後も、同じように夢を見て、東金山金鉱への出資者は、梅田梅吉〜鈴木市次郎と次々に変わりますが、いずれも
採算がとれず事業を中止していきました。
金鉱には、出資者を満足させられる産出は期待できませんでした。
これらの事により、金鉱の開発は終焉の道を辿っていくのでした。

ところが、昭和の時代になり「それでもチャンスはあるのではないか!」と考えた人物が再び登場。
東京にいた北村明という人物です。
昭和7年、彼は機械を使ったスケールの大きな計画を立案。自らの出資により「日勝金鉱株式会社」が興されたのです。
日勝金鉱は、精錬所を設け、16馬力の精錬機を使用するなど、今までにない設備による開発が日の目を見るのでは
と思われました。
しかし現実は・・・
鉱脈の厚さが変わっていたのです。
産金が盛んにされていた時代に比べ厚さが倍になり、金の含有量も低下していきました。
期待されていた会社も、経営期間わずか3年で中止することに。
江戸時代初期から近世まで続いた東金山金鉱の砂金採掘は、これで完全についえたと言えます。

現在でも、ポロナイ川の上流には、幕府時代の抗口跡があり、かつて島原の乱で戦った人々や、アイヌの人々、さら
に近世砂金ブームを再び興そうとした人々の夢のあとがひっそりと残っています。

抗口跡(様似町西様似)

2005年高校生の郷土研究にて

坑内は、コウモリの巣になっています
また、様似ダム上流の沢や東金山金鉱跡のポロナイ川で、ごくわずかな砂金が発見されていたり、2005年には
「特別砂金展」などが様似町で開催されました。

砂金堀風景

2005年「特別砂金展」より
   
様似町郷土館では、砂金堀の道具を展示(展示期間終了)していた
り、鉱山やポロナイ川への地図も掲示してありました。
機会がありましたら、ぜひ一度訪れてみませんか。

また、様似についてVol-15「様似町と金鉱山」UPに関して、快く
写真提供していただきました、田中さんに感謝致します。

これからも、様似町の歴史をテーマに、あまり知られていない出
来事をピックアップ予定ですのでお楽しみに。